企業の採用情報などに「ストックオプション制度」について書かれているのを目にしたことがある方もいるでしょう。ストックオプションは従業員へのインセンティブの1つであり、導入すれば企業側にもさまざまなメリットがあります。
当記事では、ストックオプションがどのような制度なのか、仕組みや種類・導入すべきかどうかについても詳しく解説します。従業員へのメリットが多いインセンティブ制度を導入したい方は、ぜひ当記事を参考にしてください。
1.ストックオプションとは?
ストックオプションとは、会社が従業員や取締役などに対し、あらかじめ定めた価格(権利行使価額)で自社株を購入する権利を与える制度です。定められた期間内・数量であれば、従業員や取締役は株価の変動に関係なく、一定の価格で自社の株式を購入できます。
たとえば、自社株の価格が1株500円の時に、5年以内であれば権利行使価額500円のストックオプションを付与したケースを例に説明します。
権利付与後、会社の業績向上や上場によって、4年後に株価が1,100円になったと仮定しましょう。その時点で権利を行使すると、権利行使価額500円のため1株あたり600円安く購入できます。1,000株購入してすぐに売却すれば、600,000円の利益を得られる計算です。
反対に、権利行使価額の500円よりも株価が下落して300円になってしまったとしても、購入する権利を行使しない限り損をすることはありません。
ストックオプションは、自社の業績向上による株価の値上がりによって、従業員や取締役が利益を得られるインセンティブ制度の1つと言えるでしょう。
また、ストックオプションに似た制度に、従業員持株会や新株予約権があります。ストックオプションをより詳しく理解するため、以下では、それぞれの違いについて解説します。
1-1.従業員持株会との違い
ストックオプションと従業員持株会の大きな違いは、以下の2点です。
- 株式の保有期間
- 利用できる対象者
ストックオプションは「自社株を購入する権利を与える制度」です。権利を行使した際の株式購入額と売却額の差を報酬として得られる仕組みであり、基本的に自社株を長期保有することはありません。
一方で、従業員持株会は「従業員が持株会の会員となり、一定金額を給与や賞与から天引きして自社の株式を共同購入する制度」を指します。従業員持株会は、一定の金額を積み立てて自社株を取得し長期的に保有することから、資産形成に役立ちます。
また、ストックオプションは、権利を付与された人しか利用できないのに対し、従業員持株会は、希望すればすべての従業員が利用できます。会社の従業員であることが会員資格となるため、外部の人や会社経営にかかわる取締役などは原則会員になれない点が、ストックオプションとは異なります。
1-2.新株予約権との違い
ストックオプションと新株予約権は、権利を付与する対象が異なります。
ストックオプションは新株予約権の一種であり、あらかじめ定めた価格で会社の株式を購入できる制度であることは変わりません。
ただし、従業員や取締役への報酬として発行するストックオプションに対して、新株予約権は付与対象者が限定されておらず、外部の投資家や会社に発行できます。そのため、資金調達の手段としても用いられます。
2.ストックオプションの種類
ストックオプションには、いくつか種類があります。
ストックオプションを導入する際は、それぞれにどのような特徴があるのか理解し、自社に適したストックオプションを選択しましょう。
以下では、4種類のストックオプションについて解説します。
2-1.通常型ストックオプション
通常型ストックオプションは、 一般的に多く用いられているストックオプションです。業績向上のインセンティブとして、従業員や取締役などに無償で付与します。
通常型ストックオプションでは、権利行使価額を権利付与する際の株価よりも高い価格で設定します。権利を行使する時点で権利行使価額よりも株価が上昇していると、その差額分が利益となるため、会社の業績向上による株価の上昇によって、得られる利益が増える仕組みです。
2-2.報酬型ストックオプション
報酬型ストックオプションは、従業員や取締役への報酬を目的として、無償で付与するストックオプションです。権利行使価額を1円のような非常に低い価格に設定するため、「1円ストックオプション」とも呼ばれます。
実質的に、権利を行使する時点の株価と同等の金額が、付与された従業員や取締役の利益となることが特徴です。
権利行使時に金銭的負担が生じず、売却時の課税のみで済むことから、退職金代わりに採用している会社もあります。
2-3.有償ストックオプション
有償ストックオプションは、権利の付与に対して金銭的な負担が発生するストックオプションです。対象者は、ストックオプションの発行価額(ストックオプション1個あたりの価値)を払い込み、取得権利を購入します。
無償で付与されるストックオプションとは異なり、付与時に支払いが必要となるため、資金に余裕がない場合は利用しづらいことが特徴です。
権利を行使する際には、ほかのストックオプションと同様、権利行使価額も支払う必要があります。有償ストックオプションは、売却する際の株価から、権利付与時の発行価額と権利行使価額を除いた差額が利益となります。
2-4.信託型ストックオプション
信託型ストックオプションは、有償ストックオプションの一種で、付与する対象者や数を後から決められることが特徴です。
発行したストックオプションを信託に預け、付与対象となる従業員や取締役に対しては、信託期間中にストックオプションに交換できるポイント等を付与します。信託期間が満了してから、ポイント数に応じて従業員や取締役にストックオプションを配分する仕組みです。
そのため、発行時にストックオプションの付与対象者や配分を決める必要がありません。実際の評価や貢献度などに応じてストックオプションを割り振れることから、公平性の高いインセンティブ制度として活用されています。
また、信託に預けることで発行時の株価をもとに権利行使価額が決定できるため、株価が上昇する前の状態でストックオプションを保存できます。
入社のタイミングによって権利行使価額に差が出ることなく、人材採用において魅力的なインセンティブとなるでしょう。
3.ストックオプションの仕組み
ストックオプションを付与された従業員は、期間内であれば会社が定めた価格で株価を購入できる権利を得ます。つまり、権利を行使する時点の株価にかかわらず、一定の価格で株式を購入できます。
ストックオプションを利用する際の流れを簡単に解説すると、以下の通りです。
ストックオプションの発行と付与 |
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会社がストックオプションの種類や内容を決め、対象者に付与を行います。 具体的には、株主総会や取締役会の決議で、発行価額や権利行使価額、発行総数、付与する対象者などを決定します。細かい行使条件や事項が決まったら割当契約を締結し、新株予約権原簿を作成して登記を行う流れです。 細かい準備や手続きについては会社ごとに異なる場合があります。そのため、実際に導入する際は専門家に相談することがおすすめです。 |
従業員による権利の行使 |
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ストックオプション権利を行使する際は、あらかじめ定められた権利行使価額を払い、自社の株式を取得します。 権利行使が可能な期間内であれば、株式を取得するタイミングは任意です。株式の価値が上がり、権利行使価額との差額が大きくなったタイミングで行使するとよいでしょう。 |
自社株の売却 |
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権利を行使し自社株を取得した後は、好きなタイミングで売却できます。 すぐに売却しても構いませんが、株価上昇の期待値が高い場合は、保有して株価が上昇したときに売却すればさらなる利益獲得が可能です。 |
4.ストックオプションで受けられる税制優遇制度
ストックオプションには税制優遇制度が設けられており、一定の要件を満たしているものを「税制適格ストックオプション」といいます。
税制適格ストックオプションだと認められると、税制の優遇を受けられます。
要件を満たさない場合は権利行使時と株式売却時の2回課税されるのに対し、 税制適格ストックオプションは権利行使時の課税がありません。課税タイミングが売却時のみとなるため、現金化する前の課税を防ぎ、従業員の金銭的な負担を軽減できます。
また、税制非適格ストックオプションでは権利行使時は給与所得として最大55%、株式売却時は譲渡取得として約20%の税金が課されます。一方、税制適格ストックオプションは権利行使時に課税されず、株式売却時に譲渡所得の税率でまとめて課税されるため、税率が低いことが特徴です。
税制適格ストックオプションとして税制優遇措置を受けるには、租税特別措置法第29条の2に定める一定の要件を満たす必要があります。
税制適格ストックオプションとなる主な要件をまとめると、以下の通りです。
発行価額 | ストックオプション発行価額が無償 |
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付与対象者 | 会社およびその子会社の取締役や執行役、使用人 ※自社株の1/3以上を保有する大口株主や関係者は対象外 ※条件によっては社外の高度人材も認められる |
権利行使期間 | 付与決議後の2年を経過した日から10年後まで |
権利行使価額 | 権利行使価額が契約締結時の時価以上 |
譲渡禁止規定 | 第三者への譲渡禁止規定を定める |
権利行使限度額 | 権利行使価額の合計が年間1,200万円以下 |
保管委託 | 取得株式の保管を証券会社などに委託する |
税制適格ストックオプションの要件は非常に複雑です。税制優遇措置を受けられると付与対象者の税負担を減らせるものの、1つでも要件を満たさないと税制優遇を受けられません。 ストックオプション制度設計の際は専門知識を持つ方に相談し、サポートを受けることをおすすめします。
5.ストックオプションを導入するメリット
ストックオプションの導入は、従業員側だけではなく会社側にとってもさまざまなメリットがあります。ストックオプションの導入に向けて、理解しておきましょう。
以下では、ストックオプション導入のメリットについて解説します。
5-1.優秀な人材を確保できる
ストックオプションは、優秀な人材の確保に役立ちます。
インセンティブを得られるストックオプション制度があれば、採用活動における自社の魅力度向上につながります。採用してすぐに高額な報酬を出すことが難しい場合でも、株価の値上がりによって将来的に報酬を得られるため、優秀な人材を獲得できる可能性が高まるでしょう。
また多くの場合、退職するとストックオプションの権利を失います。 権利行使前の退職は、利益を得る機会を逃すことにつながるため、早期退職を防ぐ効果も期待できます。
5-2.従業員のモチベーションを高められる
ストックオプションの導入は、従業員のモチベーションアップに役立ちます。
ストックオプションは、自社株の価値が高まるとより多くの売却利益を獲得できる仕組みです。 株価には業績が大きく影響することから、獲得利益を増やそうと従業員自らが業績アップに向けた工夫や業務方法の改善に取り組む効果が期待できます。
株価という可視化された基準をもとに報酬を得られるため、従業員一人ひとりの積極的な行動を促進し、結果的に会社の成長にもつながるでしょう。
5-3.従業員にリスクがない
ストックオプションは、従業員にとってほぼリスクがない制度です。
ストックオプションは、自社株を購入できる権利を付与する制度です。つまり、 権利の行使は任意であり、定められた期間内であれば行使するタイミングも従業員が決められます。
そのため「株価が下落したときは権利を行使せず、上昇に合わせて自社株を取得する」といった判断が可能です。
特に無償ストックオプションは、会社の業績が権利付与時より悪化してしまっても、権利を行使しなければ従業員が損をすることはありません。
リスクがほぼないにもかかわらず利益を獲得できる点は、従業員にとって大きなメリットと言えるでしょう。
6.ストックオプションを導入するデメリット
ストックオプションの導入には、デメリットもあります。
メリットだけではなくデメリットについても正しく理解した上で、ストックオプションを導入することが大切です。
ストックオプションを導入するデメリットについて解説します。
6-1.景気の影響を受けやすい
景気の影響を受けやすい点は、ストックオプションの大きなデメリットです。
景気が悪化すると、株式市場全体が低迷する傾向があります。景気の影響は対策しても防ぎようがないため、業績や努力に関係なく自社の株価が下落することもある景気の影響は対策しても防ぎようがないため、業績や努力に関係なく自社の株価が下落することもあるでしょう。
自社の株価が下がるとストックオプションの利益を獲得しにくくなり、従業員のモチベーションにも影響を与えかねません。
6-2.人材が流出する可能性がある
ストックオプションの権利行使後に、人材が流出する可能性があります。
ストックオプションにメリットを感じて入社した従業員や、ストックオプションによる利益獲得を目的に、退職を思いとどまっている従業員もいるかもしれません。そのような場合、権利を行使して利益を得たら会社を去ってしまうことも考えられます。
権利行使後に退職者が出る可能性については理解しておきましょう。
6-3.株式の価値が下がる
ストックオプションにより発行株式の数が増えると、株式の価値低下を招きます。
ストックオプションの権利を行使すると、権利行使価額で株の購入が可能です。つまり、 時価よりも安い一定価格で株を発行することになり、既存株主の1株あたりの価値が下がってしまいます。
7.ストックオプションは導入すべき?
ストックオプションは、権利付与時から株価が上昇するほど魅力が高まることから、成長段階にある企業に適した制度です。 上場により株価の上昇が期待されるスタートアップ企業やベンチャー企業、中小企業は、積極的に導入するとよいでしょう。
また、上場企業における導入も増えています。 退職金や優秀な人材採用の施策として活用したい企業にもおすすめです。
ただし、ストックオプションを導入する際は、以下の2点に注意する必要があります。
発行数に上限がある |
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ストックオプションを発行しすぎると、既存株主が不利益を被ったり上場審査に影響を与えたりする可能性があります。ストックオプションをどのような比率で誰に発行するのかなど、計画を立てて発行することが大切です。 一般的にストックオプション比率は、発行済み株式数の10%程度が適正だと言われています。発行数は多くても15%以内に収めたほうがよいでしょう。ストックオプションの無計画な発行は、避けなければなりません。 |
1回で発行する |
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ストックオプションは複数回に分けて発行せず、可能な限り一回で発行することが重要です。 会社法では、株主総会や取締役会の決議から1年間は、決定した条件でのストックオプションの発行が認められています。しかし、複数回に分けて発行すると、その間の株価の変動により税制適格ストックオプションと認められない可能性があります。 税制適格ストックオプションは、時価以上の権利行使価額で付与することが要件の1つです。要件を満たすかはストックオプションの発行ごとに判断されるため、付与前に権利行使価額より株価が上昇すると、税制優遇措置を受けられません。 |
ストックオプションは、非上場企業はもちろん上場済みの企業においても、自社の状況に合わせた活用が可能です。会社の魅力向上に向けて積極的に導入し、注意点を押さえた運用を行いましょう。
まとめ
ストックオプションとは、自社の株をあらかじめ定めた金額で購入できる権利を従業員に与える制度です。株価が上昇するとストックオプションを行使する従業員が利益を得られるため、インセンティブ制度の1つとして注目されています。従業員のモチベーションアップや早期離職の防止など、導入には複数のメリットがあります。
ただし、ストックオプションはどのように制度を構築するかによって税制優遇が受けられるかどうか変わることに注意が必要です。制度を導入する際は、専門家に相談しながら進めるとよいでしょう。